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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11109号 判決 2000年5月31日

原告

馬口勲

右訴訟代理人弁護士

板垣善雄

被告

関西職別労供労働組合

右代表者執行委員長

森本桂一

右訴訟代理人弁護士

石橋志乃

三好邦幸

山崎優

川下清

河村利行

中西哲也

加藤清和

江口陽三

沢田篤志

伴城宏

主文

一  原告が,被告に対し,被告の組合員としての権利を有する地位にあることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は,原告に対し,平成10年2月7日以降日額9404円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,原告が,労働者供給事業を行う労働組合である被告に対し,被告組合員であるにもかかわらず就労先の斡旋を受けられないことを不当と主張し,組合員たる地位の確認とともに損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は,自動車運転手で組織する労働組合であるとともに,職業安定法45条に基づき,労働大臣の許可を得て無料の労働者供給事業を行っているものである。

2  原告は,被告の組合員であり,被告なにわ支部に所属して同支部から日々雇用主の斡旋を受けてきた。

原告は平成10年2月7日,なにわ支部長から「信頼関係が破壊された」と告げられ,その後,被告は原告に就労先を斡旋しなくなった。

3  被告の組合規約には,組合員の義務として「組合費および組合で決められた負担金,臨時費等を遅滞なく納入すること」が規定され(10条2号),また,除籍事由として「1,所定の手続により,組合に対する一切の債務を完済して脱退を申し出たとき。2,正当な理由なく,組合費を2ヶ月以上滞納したとき。3,第11条1項の免除期間が2年を超えたとき。4,除名処分をうけたとき」(12条)と規定されている(<証拠略>)。

原告は平成10年1月以降の組合費を2か月分以上滞納している(弁論の全趣旨)。

二  本件の争点

1  原告を除籍とした被告の措置が適法か否か

2  原告の損害賠償請求権の有無及び額

なお,原告は,被告が,仕事の斡旋をしなくなったことを事実上の除名に当たるとして,その措置の不当をも主張しているが,被告は,原告が組合員たる権利を有する地位を有しないことの理由としては,原告が除籍となったことのみを主張し,事実上にしろ除名は主張していないので,本件の地位確認の関係では,事実上除名処分とされたか否か及びその当否は本件の争点とはならない。(なお,付言するに,被告の組合規約(<証拠略>)によれば,組合員の権利停止は統制処分であり,統制処分は執行委員会が決定することとされている(47条,48条)し,また,権利停止等の統制処分事由があると判断される場合,当該支部責任者は,執行委員長と協議のうえ,決定までの間就労停止の措置をとることができるとされている(49条)が,それ以外には,組合員の権利を停止できる旨の規定はなく,したがって,被告がかかる統制処分等によることなく事実上組合員の権利を停止したとすれば,権限行使の範囲を逸脱したものであり,それは理由の有無を検討するまでもなく違法である)。

第二(ママ)争点に関する当事者の主張

一  争点1(除籍措置の適法性)について

1  被告の主張

(一) 原告が平成10年1月から2か月分以上組合費を滞納したため,被告は原告を除籍とした(以下「本件措置」という)。

(二) 本件措置は,原告らの抗議等に対する報復措置ではない。

被告の会計は,毎年詳細な会計報告書等を作成し,執行委員会の承認を受け,会計監査の監査や公認会計士の監査を経た後定期大会で承認を得ている。

2  原告の主張

(一) 被告は,原告が本件に先だって提起した地位保全等仮処分命令申立事件(大阪地方裁判所平成10年(ヨ)第1288号事件。以下「仮処分事件」という。)が係属してから,原告の除籍を主張するようになった。

被告のなにわ支部では,ほとんどの組合員が数か月分まとめて組合費を納入していることが多く,2か月分の滞納により除籍となった例はない。

(二) 本件措置は,原告に対する報復措置である。

被告では,就労先の斡旋は組合規約上順番制とされているにもかかわらず,一部組合員を優遇するなどの恣意的な仕事の斡旋が行われてきた。また,斡旋先事業所からの共済金が財源となっている福祉事業会計を一般会計に繰入れ,これを執行部が浪費するなどの不明朗な会計処理が行われており,このような状況が放置されていることから過去にも支部長の組合費横領等が何度となく発生し,しかもうやむやにされてきた。

原告は,このような状況を打開すべく他支部組合員にも呼びかけ,平成9年10月5日会合を持ち,その際,なにわ支部の組合費が横領されていることを裏付ける資料をも入手するなどした。

そして,同年10月29日,大阪港労働公共職業安定所にこれらの経緯を説明して指導を求めた。

しかるに,その後しばらくした同年11月12日,原告と行動をともにしてきた他支部組合員知念常雄がいきなり除名処分を受け,原告に対しても,平成10年1月26日に起こした事故を理由を(ママ)同年2月7日以降就労先の斡旋がなされなくなった。

本件措置は,右のような原告らの一連の行為を嫌悪した被告執行部が報復の意図をもつてしたものであって,違法であり無効である。

二  争点2(損害賠償請求権の有無及び額)

1  原告の主張

(一) 被告は労働運動といえるような活動はしておらず,その運営は,組合員からの組合費(平成10年2月当時,月額1万5000円)と派遣先事業所から支払われる共済金(平成10年2月当時,一就労につき600円)で賄われているのであって,これは組合員から見れば,有料で仕事の斡旋を受けているのと異ならず,被告の実態は労働者派遣を行う企業にほかならない。

ミキサー運転手を雇用する事業所は少なく,ミキサー運転手として稼動しようとすれば被告のような労働者供給を行う労働組合に加入するしかなく,他方,労働組合の重複加入は認められておらず,一つの組合を除名になると他の組合に加入することも困難となる。

組合員は日々派遣先事業所に雇用される立場にあり,2か月間に26日間働くことができなければ雇用保険からの手当も受けられなくなるため,勢い,組合員は仕事を斡旋する被告に従属せざるを得ないことになる。

これらを前提とすると,正当な理由もなく仕事の斡旋を拒否された原告が,以後ミキサー運転手として稼動できなくなって収入が途絶えることは必然であり,これらの損害について被告は組合規約違反あるいは不法行為として賠償責任を負うべきである。

(二) 被告のなにわ支部長は,原告が平成10年1月26日に起こした事故等を理由に,同年2月7日「信頼関係が破壊された」と告げ,以後原告に仕事を斡旋しなくなり,原告は事実上除名されたと同様の立場に置かれたが,このような措置は,仕事の斡旋について順番性により公平になされなければならないと定めた組合規約の趣旨を無視した違法なものであり,統制権の濫用である。

原告は被告から供給される仕事により,1日平均9404円の収入を得てきた。

よって,原告らは,組合規約違反または不法行為として右収入喪失に対する損害賠償の支払を求める。

2  被告の主張

(一) 原告は平成10年1月26日に斡旋先の事業所で大きな交通事故を起こしながら,被告の求めにもかかかわらず,事故報告書等を提出しなかった。

このため,被告は,原告に就労の斡旋をしなかったのであって,合理的な理由があるというべきである。

事故報告書等を提出しない原告に対して仕事を斡旋しなかった被告の措置は,結社の自由が強く保障されるべき労働組合の内部運営に関する事柄であり,団結自治の領域に属するから,その措置が著しく公正を欠く場合でないかぎり,裁判所は,被告の決定を尊重すべきであって,その有効無効を判断すべきでない。

被告が原告に仕事を斡旋しないことには合理的な理由があり,著しく公正を欠くものではないから,被告の判断は尊重されるべきである。

(二) 組合規約違反に基づく損害賠償請求について

被告の行う労働者供給は,労働者相互の団結のもとに事業所に対する有利な雇用を獲得しようという互助活動であり,被告は事業所からの労働者供給の申入れが存する限度で組合員に無料で仕事を斡旋するにすぎず,組合規約上も原告ら組合員に対する仕事供給義務や一定の収入を補償する義務を負うものではない。

よって,原告に組合規約違反による損害賠償請求権が生じる余地はない。

(三) 不法行為に基づく損害賠償請求権について

被告は,恒常的に組合員に一定額以上の仕事を斡旋する法的義務を負っていないし,原告は他の労働組合から仕事の斡旋を受けることや組合を通さず事業所に雇用されることも可能であり,被告から除名されたからといって収入の確保が不可能になるものではない。

よって,本件各処分と原告が被ったと主張する損害との間には相当因果関係がなく,不法行為に基づく損害賠償請求権は生じない。

第三(ママ)当裁判所の判断

一  争点1(除籍措置の適法性)について

1(ママ) 被告の組合規約には,正当な理由なく,組合費を2ヶ(ママ)月以上滞納した組合員は除籍される旨の規程があり,原告が平成10年1月以降の組合費を2か月以上滞納していること,被告は平成10年2月7日から原告に就労先の斡旋を行っていないことは前記のとおりである。

他方,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,なにわ支部では組合費を2か月分以上滞納し,後から数か月分まとめて納付したりする組合員は多数いるが,それらに対して当然に除籍という扱いはされておらず,滞納者について除籍とする場合は被告の執行委員会で決定することとされていること,これまでに組合費滞納を理由に除籍とされた組合員はいないこと,被告が原告に対し,組合費滞納を理由に除籍を主張するようになったのは原告が起こした本件に先立つ仮処分事件の審理においてであること,以上の事実が認められる。

右認定事実によると,原告は2か月分以上の組合費を滞納しているのであるから,除籍とされる要件を満たしていることは明らかであるが,2か月分の滞納によって当然除籍になるとの扱いはされていないのであるから,原告ひとり,当然除籍とされなければならない理由はない。

これに関して,証人栄は,2か月分の滞納によって当然除籍となるのが原則であるが,滞納に理由がある場合には除籍とせず,今後の支払を約束させるなどと証言しており,被告の書記次長である田中浩の証人調書(<証拠略>)にも,長期滞納者には,支部長から事情を聴取させ,病気や家庭事情がある組合員は除籍にしない扱いをしている旨の記載がある。しかしながら,右認定のなにわ支部では多数の組合員が組合費を滞納していることやこれまで組合費滞納を理由に除籍とされた組合員がいないこと(なお,この事実は仮処分決定でも認定されていながら,被告が争わず,除籍組合員の存在を裏付ける証拠も提出しないなどの弁論の全趣旨から認定した。)などに照らすと,建前としてはともかく,少なくとも実際の運用としては長期滞納も事実上黙認されてきているというべきであって,これに反する証人栄の証言等は信用できない。

また,仮に,証人栄らが証言するように,滞納理由について事情聴取のうえ,除籍とするか否かを判断しているものであるとしても,原告に関してはかかる事情聴取をしたことは窺えないし,滞納に理由がないと認めた根拠等は何ら主張も立証もなされていない。

加えて,原告に対しては,組合費滞納が2か月に及ぶ以前から就労先斡旋の停止がなされているし,組合費納入の催告もなく,仮処分事件の審理に至るまで除籍の通告すらなされたことはないのであって,被告が執行委員会で除籍を決定ないし承認したとの事実も認められない。

被告が,組合員を公平に処遇しなければならないのは,組合民主主義の原則や民主的運営を要求される労働者供給事業を行っていることなどからして当然の要請というべきであるが,組合費滞納を理由に原告のみを除籍扱いすることは右の要請に反するものであり,これに合理的な理由があるとは認められず,したがって,本件措置は違法というほかない(なお,被告の主張の中には,原告が事故報告書等を提出しなかったことが,原告が組合員としての地位喪失と関係があるかのようにいう部分があるが,右地位喪失との関係では被告は除籍しか主張していないし,事故報告書の不提出は,統制処分事由とはなり得ても,前記除籍事由のいずれにも該当しないので,これが本件措置を正当化できるものでないことは明白である)。

よって,被告組合員たる権利を有する地位の確認を求める原告の請求は理由がある。

二  争点2(損害賠償請求権の有無及び額)について

原告は,被告が理由なく就労先の斡旋をしなくなったことにより,従前稼動して得てきた賃金相当額の損害を被ったとして,組合規約違反あるいは不法行為としてその損害の賠償を請求するが,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告は労働者供給の申込みをしてきた事業所と労働者供給契約を締結し,原告ら組合員にこれら労働者供給契約を締結した事業所を就労先として無料で斡旋するだけであって,雇用契約自体は,各組合員と各事業所との間で締結され,賃金も就労先の事業所から各組合員に支給されるものであること,したがって,供給先事業所の需要や事業所によっては特定組合員の就労を拒否すること(出入禁止)などから,組合員は希望する事業所で自由に就労できるものではないこと,組合員は被告を経由することなく自ら事業所と交渉するなどして雇用されることは何らの妨げを受けないこと,原告は,被告から就労の斡旋を受けられなくなって後,タクシー運転手等として稼動し収入を得ていること,組合規約上,被告が原告ら組合員に対し,一定の収入を獲得し得る仕事を斡旋すべきことを規定した条項や一定の収入を補償することを規定した条項は存しないことが認められ,右認定事実によれば,被告の斡旋拒否がなかったとしても,原告が当然に一定額の収入をもたらす事業所で稼動するなどして従前と同水準の収入を維持できたとは推認できず,したがって,被告の斡旋拒否によって,原告主張の損害が生じているとは認められないし,また,原告の就労の機会が事実上減少し,その結果賃金収入に影響を及ぼした部分があったとしても,当該減少部分は特定できない。

よって,損害賠償の支払を求める原告の請求は理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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